2019年6月6日

名門の名を蹴った俊才

【広報担当のつぶやき】

6月6日は本因坊秀策の誕生日。わずか8歳で本因坊丈和に入門し、

その打ち振りを見た丈和が「是れ正に百五十年来の碁豪にして、我が門風、これより大いに揚がらん」と絶賛したと伝えられる(百五十年前は道策の全盛期であった)。
wikipediaより

と評されるほどの俊才だったそうです。

以降、師匠はおろか本来その家名を継ぐはずだった先達からも嘱望され“本因坊”の跡目を譲られようとしますが、当初は本来の家系の事情から固辞。囲碁家元筆頭の家名を拒否するなどは前代未聞のことでした。

将軍の前で打つ御城碁などでも無敵を誇った秀策でしたが、江戸でコレラ(ドラマになった村上もとか先生の『JIN -仁-』では「コロリ」とも呼ばれてましたね)が流行した際、周囲が止めるのも聞かず患者の看病に当たり、当人が感染しそのまま34歳で早逝したとされています。彼の看病の結果、本因坊家ではコレラによる犠牲者は秀策以外は1人も出ませんでした。

棋力のみならず極めて人格に優れた人物として、いまなお囲碁界では伝説として語り継がれている本因坊秀策。彼は碁盤にどんな宇宙を観ていたのでしょう。大泉カルチャースクールの「強くなる!囲碁教室」で、その深淵に触れてみませんか?

 

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